詐欺容疑で告訴された株式会社ルシアンホールティングス。少なくとも37社もの事業者がルシアン社の被害を受けたと言われています。ルシアン社のような買手にM&Aで買収されないようにする方法はあるのでしょうか。
答えは、あります!
M&Aは双方がWin-Winの関係になるべきであるにも関わらず、多くの売手会社さんが買手会社の本質を見抜くことができず大変な思いをされているのがとても残念です。少しでもM&Aがよりよいものになっていく事を願い、このコラムでは騙されてM&Aで買収されないようにする方法を5つ記載しています。
調査方法1.法人の登記簿謄本を調査する
弊社ではM&Aの買手側の立場で財務デューデリジェンス(財務DD)を行う際に、売手会社さんの企業調査も実施しています。私の今までの企業調査の経験の中で、間違いなく最も基本で最も重要な調査は、法人の登記簿謄本の調査です。正式には「履歴事項全部証明書」という名称ですが、ここでは簡単に「登記簿謄本」と言っています。実際に買手である株式会社ルシアンホールディングスの登記簿謄本を見ていきましょう。
登記簿謄本で瞬時に違和感を感じる部分
ルシアン社の登記簿謄本を見ると瞬時に違和感を感じる部分がいくつもあります。
会社設立日
令和3年11月で設立間もない会社です。
資本金の額
資本金300万円であり、複数のM&Aを実施している買手企業にしてはあまりにも小さな資本金です。
代表者の住所地
コンドミニアム(売出価格500万円程度、家賃月3.5万円程度の物件があるコンドミニアム)が住所地になっており、複数のM&Aを実施すている買手企業の代表者の住所としては不相応です。
登記簿謄本で瞬時には違和感を感じない部分
一方で登記簿謄本の記載事項の中で、最初は違和感を感じず、むしろしっかりとした会社であるような印象を受けてしまう部分もいくつかあります。
本店所在地
東京都千代田区丸の内の一等地のビルにあり、しっかりとした買手企業である印象を受けてしまいます。
取締役
取締役の数は6人で取締役会設置会社となっており、しっかりとした人的資源を有した買手企業である印象を受けてしまいます。
会計参与設置会社
税理士法人が会計参与となっており、ガバナンスがしっかりした買手企業である印象を受けてしまいます。
支店
茨城県水戸市に支店が存在しており、幅広く事業を展開している買手企業である印象を受けてしまいます。
上記のように違和感を感じない部分もありますが、会社設立日、資本金の額、代表者の住所地の3か所だけで、何かがおかしいと思うに足る十分な証拠があると思います。そして何かがおかしいと感じたのであれば、さらに深く調査をすべきであり、調査を進めていくと次のようなことが判明します。
登記簿謄本をもとに調査を進めると判明する事実
本店所在地
株式会社ルシアンホールディングスの東京都千代田区丸の内の本店所在地は、単なるレンタルオフィスでした。レンタルオフィスの可能性があるかどうかは、インターネットで検索すればすぐにわかります。ただし、レンタルオフィスかどうかの100%の証拠を入手するには現地調査が必要な場合もあります。
取締役
登記簿謄本で取締役6人の氏名が記載されていますが、インターネットなどで調べても、過去の職歴や経歴などがほとんど出てきません。M&Aを多く手掛けている買手企業あれば、過去に大手企業に勤めておりM&Aに関する専門分野の職歴のある取締役がいたり、過去に事業再生に関わった経歴のある取締役がいるなど、M&Aや事業再生の専門性を有している何らかの情報が出てくるのが一般的です。
会計参与
ある税理士法人が会計参与に就任していますが、その税理士法人の代表社員は、平成29年に税理士業務の停止の処分(3か月間)の懲戒処分を受けたことのある税理士でした。
支店
茨城県水戸市に支店が設置されていますが、当該場所には、ルシアン社の代表者が同じく代表を務める又は務めていた関連会社が少なくとも7社登記されていました。
・①株式会社(資本金8,000万円)
・②株式会社(資本金500万円)
・③株式会社(資本金300万円)
・④株式会社(資本金300万円)
・⑤合同会社(資本金200万円)
・⑥合同会社(資本金10万円)
・⑦合同会社(資本金1円)
複数のM&Aを手掛けている買手企業が、資本金が300万円や10万円ということは通常あり得ません。しかも多くの会社で取締役及び代表取締役が1人だけで、1人でこれほど多くの会社を経営することはできません。①株式会社(資本金8,000万円)は、過去にM&Aで買収されてしまった会社のようです。
このように、登記簿謄本をもとに調査するだけで、ルシアン社は取引すべきではない買手企業という結論が得られると思います。
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調査方法2.インボイス登録の有無を調べる
2023年10月から消費税のインボイス制度が導入され、企業調査の面から見ると、ありがたいことに重要な1つの調査方法が追加されたと感じています。法人であればインボイスが登録されているかどうかは調べればすぐに分かります。下記のいずれの会社もインボイス登録はされていません。
・株式会社ルシアンホールディングス
・支店所在地にある関連会社の①株式会社(資本金8,000万円)
・支店所在地にある関連会社の②株式会社(資本金500万円)
・支店所在地にある関連会社の③株式会社(資本金300万円)
・支店所在地にある関連会社の④株式会社(資本金300万円)
・支店所在地にある関連会社の⑤合同会社(資本金200万円)
・支店所在地にある関連会社の⑥合同会社(資本金10万円)
・支店所在地にある関連会社の⑦合同会社(資本金1円)
インボイス登録をしていないということは、ほぼ間違いなく消費税の課税事業者ではないということになり、支払家賃やM&A仲介手数料などの消費税を課税仕入で引くことができません。複数のM&Aを手掛けている買手企業であれば、M&A仲介手数料の消費税も多額になりますので、ホールディング会社であっても消費税の課税事業者になりインボイス登録をして、課税仕入の消費税を引く方が税務的に有利です。インボイス登録をしていないということは、普通ではない何かが起きているという推測ができます。
調査方法3.大手信用調査会社の調査結果を利用する
帝国データバンクや東京商工リサーチといった大手信用調査会社の調査結果を利用する方法があります。ただし、ルシアン社のような設立後間もなく実態がほとんどない会社である場合、信用調査会社は何も情報を持っていないと思われます。また、大手信用調査会社が新規調査を実施する場合、約1か月程度かかると言われています。
調査方法4.弁護士や各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターに相談する
中小企業庁のホームページでは、「M&Aの売却を検討されている中小企業の方は、不適切な買手とのトラブルにご注意いただき、少しでも違和感を感じる場合は、弁護士や各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターにご相談ください。」と記載されています。
ただし弁護士さんに相談する目的は、企業調査ではなく、トラブルにならないような契約書の作成や、トラブルになってしまった場合の事後的な法律問題の解決がメインになると思います。また、弁護士さんに依頼すると料金が高くなりがちですので、事前に料金の見積りを取られることをお勧めします。
また事業承継・引継ぎ支援センターに相談する目的も、調査方法1や調査方法2で述べたような企業調査ではなく、事業承継・引継ぎ支援センターが持っている過去の事例に基づいた助言や、過去に不適切な取引を実施した買手企業ではないかの照会といったところになるのではないかと思います。最近では、中小企業庁(経済産業省)の資料「不適切な譲り受け側の排除のための情報共有の仕組みの運用について」にあるように、不適切な買手について情報共有の制度が開始しています。そのため、大手M&A仲介会社からの紹介案件であれば、事業承継・引継ぎ支援センターと同じ情報が共有されていると考えられ、過去に不適切な取引を実施した買手であるという履歴は照会しても出てこないように思います。
また、不適切な買手についての情報提供の窓口が設けられています。
・情報提供受付窓口(M&A支援機関登録制度)
・苦情相談窓口(M&A仲介協会)
調査方法5.企業調査を外部に依頼する
M&Aはスケジュールがタイトになることが多く、企業調査も迅速に行う必要があるケースも多いと思います。税理士法人MFMでは最短1日で買手の企業調査を実施しております(現地調査が必要な場合は少し時間を要します)。不適切な買手と基本合意書を締結してしまった後であっても、企業調査の証拠を積み上げることでM&Aを白紙にできる可能性もあり、遅すぎることはありませんのでお早めにご相談ください。
企業調査の料金は1社10万円(税別)です。
※東京や大阪のみならず全国対応していますが、現地調査が必要な場合は別途費用がかかります。
※調査の結果、明白な調査結果が出ないことがあります。ただしそのような場合であっても、違和感を感じる点や通常ではあり得ない点などの情報のご提供はさせて頂いています。
税理士法人MFM
公認会計士・税理士 松浦孝安