税理士法人MFM(四大監査法人出身の公認会計士在籍)
製造業のM&Aの特徴
製造業の経営環境
製造業は、近年は産業構造の変化や生産拠点の海外展開などにより、製造業のGDP比率はやや低下してしてきていますが、それでも日本のGDPの2割弱を占めています。
同様に、就労人口も日本全体の2割弱を占めているため、製造業は基幹産業の1つになっています。
出展:経済産業省資料「ものづくり白書」
製造業の後継者問題
帝国データバンクの2019年の調査によると、後継者が決まっていない後継者不在率は日本全国で65.2%となっており、3社に1社しか後継者がいない計算になります。
その中で、製造業の後継者不在率は約58%となっており、他の業種に比べるとその率は低いものの、過半数の企業で後継者がいない状況になっています。
日本は少子高齢化が進んできており、多くの製造業の経営者も年々高齢化しています。
年齢を重ねて気力・体力に衰えを感じ世代交代の時期を迎えている経営者は、経営のバトンタッチをしなければならないものの、近年は後継者問題に直面している製造業が少なくありません。
昔の中小企業では、息子や娘婿などの親族の後継者に事業を承継するのが一般的でしたが、現在ではそのような形の事業承継は容易ではありません。
まず、息子や娘婿などの跡取りがいない場合があります。
また、跡取りがいたとしても本人が事業を継ぎたがらないケースもあるでしょう。
さらに、息子や娘婿などが経営者としての能力が不足しているケースや、現在の厳しい経営環境下では会社の舵取りが大変であり親のエゴだけで息子を経営者にさせるのはかわいそうと思われる方もいます。
こうした後継者問題を解決するために、その企業の経営を引き受けたいと名乗り出た外部の第三者に対して事業を譲渡する、いわゆる事業承継型M&A(Mergers and Acquisitions)が近年増加してきています。
第一候補であった息子や娘婿などの親族への事業承継の道が閉ざされてしまい、第二候補であった役員や従業員への事業承継が困難な場合、今後の会社の存続や発展を考えると、企業外部の第三者への事業の譲渡は合理的な選択であるともいえます。
特に後継者問題に直面している中小企業において、その問題をすべて解決できる有力な選択肢として、今日ではM&Aの活用が年々進んでいます。
このような背景から、M&A(Mergers and Acquisitions)市場において、全体の件数に占める製造業の割合も約2割程度となっているようです。
後継者不在の製造業の場合、M&Aで事業を売却することにより、ハッピーリタイアすることができるのです。
中小企業の事業承継系M&Aの推移
年度 | 事業承継系M&Aの件数 |
2013 | 233 |
2014 | 235 |
2015 | 263 |
2016 | 299 |
2017 | 321 |
2018 | 546 |
2019 | 616 |
出展:2020年度版「中小企業白書」
製造業のM&Aのデューデリジェンスの特徴
製造業のM&Aのデューデリジェンスの特色としては、何といっても「検討すべき事項が多い」ということに尽きます。
すべての会社に当てはまりませんが、検討すべき事項を他の業種と比較して下の表に簡単にまとめました。
製造業 | 不動産業 | 薬局 | |
固定資産 | 〇 | 〇 | △ |
技術・人材 | 〇 | – | △ |
顧客 | 〇 | – | △ |
在庫 | 〇 | – | △ |
特許・ブランド | △ | – | – |
製造業
工場の土地・建物・機械装置があるため、自社所有であっても賃貸(リース)であっても検討が必要です。
製品の製造には熟練の技術が必要なことがあり、また、製造のために多くの従業員を抱えている必要があります。M&Aがきっかけで熟練の技術や重要な人材が流出してしまわないように十分配慮する必要があります。
大口の得意先がいる場合が多く、M&Aが契機となりその顧客との契約が解除になってしまわないように、慎重にM&Aを進めなければなりません。
製品、原材料、仕掛品といった在庫を保有しておりその実在性を確認する手続が必要になります。また、適正な在庫評価を行うために原価計算を理解する必要もあります。
製造やその製品に関して特許権や商標権を持っていることがあります。また、食品製造業や化粧品製造業などではブランド名に価値があることがあります。このような特許権や商標権といった知的財産についても検討する必要があります。
不動産業
不動産業では、不動産という大きな固定資産はしっかりと検討する必要がありますが、それ以外の有形・無形の固定資産はそれほどありません。
従業員数は少なく、M&Aが契機となりテナント契約が解除されるというリスクも少なくなっています。
在庫ありませんし(販売用不動産は除きます)、知的財産も持っていないことが多いです。
薬局
薬局では、テナント物件の内外装費用は必要ですが、製造業のような大きな機械装置は必要ありません。
薬剤師不足で薬局も人手不足ですが、製造業のような熟練の技術が必要なほどではありません。
常連の患者さんは大切にしなければいけませんが、売上の何割も占める大口の顧客はいません。
在庫はありますが、製造や原価計算が必要ではありません。
付加価値のある特許権や商標権といった知的財産を持っていることも少ないです。
このように、「製造業のM&Aのデューデリジェンスでは、確認する必要のある資産や書類が他の業種と比較してかなり多い」ということをまず念頭に置いておかなければなりません。
同じM&Aの財務デューデリジェンス(財務DD)でも製造業の財務DDの後で不動産業の財務DDをすると、「何か検討漏れがあるのでは」と少し不安になるほど手続のボリュームに差があります。
M&Aで一番と言ってもよいほど怖いリスクは、簿外債務や偶発債務です。
企業を買収した後で簿外債務が発見された場合、買主はその債務を支払う義務があるため大きな損害を被ることになります。
この簿外債務の有無の検討はどの業種のM&Aの財務デューデリジェンス(財務DD)でも共通して必要な事項であり、またその検討は公認会計士などの専門家が行ってくれるため、このコラムでは深く触れていません。
簿外債務については、コラム「M&Aのデューデリジェンスにおける簿外債務(隠れ負債)の発見方法」を参照ください。
本題の製造業の経理担当者から見たM&Aのデューデリジェンスの注意点について見ていきます。
固定資産
製造設備
社長の高齢化・後継者不在が理由でM&Aを実施している場合、製造設備が古いことが多くなっています。
使用している機械や製造工程が原因で生産性が悪くなっている場合、生産性を上げるために多額の設備投資が必要なことがあります。
そのため、デューデリジェンスにおいて、まだ売手の従業員にM&Aが秘密にされている段階だったとしても、例えば工場見学をするなどして製造設備、製造している工程を確認しておくとよいでしょう。
M&Aの成立後、どのような設備にどれだけの投資が必要であるかを事前に確認しておく必要があります。
もし、M&Aで多額の取得費用を支払った後に更に想定外の多額の設備投資が必要になったのでは、会社の経営上よくありませんし、現場に行った経理担当者として責任を全うしていると言うことができません。
土地
M&Aのデューデリジェンスの手続において財務資料・各種契約書を見る中で、工場の土地が自己所有なのか借地なのかというのも早い段階で確認しておく必要があります。
製造業の場合、工場の土地・建物は自社所有であることも多くなっています。
自己所有の土地の場合は問題ありませんが、借地の場合は注意が必要です。
例えば、借地契約の残存期限が10年だった場合、10年後には原状回復して退去しなければならない可能性があります。
現時点では貸主は契約を更新しても大丈夫という意向だったとしても、10年後のことは本人ですら分かりません。
もしかすると将来、貸主でもM&Aがあり貸主が変更する可能性もあります。
現状とはまったく状況が違ってしまい、新しい貸主からこの契約満了を持って退去してくれと言われてしまうかもしれません。
そうなると、会社としてM&Aで大きな損害を被ってしまいます。
会社経営の根幹に関わる契約については、早い段階で資料依頼をし検討しておきましょう。
コラム「財務デューデリジェンスと事前依頼資料」
環境デューデリジェンスの範囲になりますが、借地の場合、土壌汚染がありその借地契約に原状回復義務の記載があれば、返還前に原状回復を行う必要があります。
この土壌汚染の原状回復には多額の費用がかかります。
土壌汚染のリスクが見込まれている時は、土壌汚染の調査が必要な場合があります。
長い目で見ると、自然災害に対するリスクも考慮に入れておく必要があります。
海抜が低い土地であれば、地震による津波があった時にどのくらいの被害が想定されるのか。
山や川に近い土地であれば、集中豪雨による土砂災害などのリスクはどれだけあるのか。ハザードマップではどのようになっているのか。
・・・などリスクを挙げたらキリがありませんが、どのようなリスクがありそのリスクをどのように管理するのかをM&Aでは1つずつ検討していくしかありません。
工場の建物
社長の高齢化・後継者不在が理由でM&Aを実施している場合、工場の建物が古いことがあります。
将来的に、工場の建替えが必要になるのは目に見えています。
M&A成立後に製造設備への多額の設備を行ったとしたら、工場の建替えは先になるでしょう。
土地が借地であれば、次の借地契約の更新が終わってから工場を建替えた方がよいでしょう。
その費用も頭に入れておかなければいけません。
技術・人材
キーパーソン
得意先との関係上、従業員を繋ぎとめるため、製品の製造において、それぞれ重要なキーパーソンとなる人物がいます。
これらの人物は、M&A成立後もしばらく会社に残って貰わなければ事業の運営が上手くいきません。
中小企業においては、社長がすべてを取り仕切っており、大口得意先との関係もあり、従業員からの信頼も厚く、製造についても詳しいことがあります。
その他のキーパーソンを探すには、どのような人材がどの部署にいるか(特に幹部社員)を把握することが重要です。
M&Aが契機となり有能な人材が退職してしまうと計画したような業績を上げることができなくなるため、そのような人材には報酬やポストの面で待遇を良くする必要があるかもしれません。
M&Aのスキームにも関連してきますが、社長に今後も事業に携わってもらうのであれば、M&Aの対価を、①株式取得費用として支払うのか②退職金として支払うのか③今後数年間の報酬として支払うのか、①~③をミックスして複数の方法により支払うのか、など税務的な検討も必要になります。
従業員
機械による自動化が進んでも製造業においては熟練工は必要不可欠な存在です。
今は人材募集が大変な時代であるため、M&Aが契機となり複数の従業員が退職してしまう事態になると多くの時間とコストが多くかかってしまいます。
M&Aの情報が従業員に漏れてしまい精神的に動揺してしまうと退職のおそれがあります。
締結した秘密保持契約はしっかりと遵守しましょう。
コラム「秘密保持契約書とは」
逆に、M&Aの前に前経営陣に人員整理をしてもらうことが必要な場合もあります。
顧客
大口得意先
大口得意先との契約が解除になってしまったのでは、M&Aをした意味がありません。
事後的に紙切れ1枚でM&Aの事実を伝えたのでは、大口得意先の気分を損ねてしまうおそれがあります。
日本人特有の「根回し」が必要な場合もあります。
大口得意先に対しては慎重に物事を進めるとよいでしょう。
法務デューデリジェンスにおける検討事項になりますが、大口得意先との契約を継続する上で、チェンジオブコントロール条項がないかを確かめる手続が必要になります。
チェンジオブコントロール条項については、コラム「デューデリジェンスの種類と必要な資格」に記載しています。
その他の得意先
M&Aにより経営者が変更すると、得意先は少なからず警戒する部分があります。
しかし一般的には、財務基盤がより強固な会社が経営母体となることから、外向きの対応は別として、心の中では歓迎しているケースもよくあると思われます。
在庫
製造業は、製品、原材料、仕掛品といった在庫を多く保有しておりその実在性を確認する手続が必要になります。
在庫の中には余剰在庫や滞留在庫があるかもしれません。
実在しない在庫が計上されているおそれもあります。
棚卸資産回転期間などの分析を実施することにより、業界平均と比較して在庫の残高が多いのか少ないのかが分かります。
詳細な在庫評価を行うためには原価計算を理解する必要もあります。
コラム「棚卸資産回転期間の業種別適正水準と改善方法」
特許・ブランド
製造やその製品に関して特許権や商標権を持っていることがあります。
また、食品製造業や化粧品製造業などではブランド名に価値があることもあります。
M&Aで成功するためには、このような特許権や商標権といった知的財産やブランドを適正価値で購入する必要があります。
知的財産やブランドの適正な価値を算定するのはとても困難ですが、過大評価して高値掴みしないようにしなければなりません。
会社ごとM&Aする場合は特許権や商標権といった知的財産も自動的に譲渡されますが、事業譲渡を行う場合は知的財産を個別に譲渡する手続も必要になります。
コラム「商標登録と商標権の侵害」
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財務デューデリジェンス・税務デューデリジェンス
税理士法人MFMでは製造業のM&Aのデューデリジェンスを数多く手掛けてきました。
M&Aの調査である財務デューデリジェンス(財務DD)は財務諸表監査の知識と経験があり、財務的なリスクを見抜ける能力に長けている公認会計士に依頼する方が安心です。
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公認会計士・税理士 松浦孝安