税理士法人MFM(公認会計士在籍)
クリニックのM&Aの特色
クリニックの経営環境
一般診療所の施設数は、厚生労働省の医療施設調査よると、平成29年は101,471施設、平成30年は102,105施設と増加傾向にあります。
また歯科診療所の施設数も、平成29年は68,609施設、平成30年は68,613施設と増加傾向にあります。
高齢になるにつれ受療率は増加していく一方で、日本の人口減少に歯止めはかかりません。
出典:厚生労働省「医療施設調査」
医院・歯科クリニックの特有の経営環境として、診療報酬の改定や薬価の改定があります。
診療報酬改定については、平成28年度は+0.49%、平成30年度は+0.55%とプラス改訂であるものの、薬価は大幅なマイナス改定であり、ここ数年の人件費や家賃の上昇をカバーできていません。
従業員の給与を上げる代わりに院長の給与を下げるということが起きてしまっています。
これから開業を考える若いドクターから見ると、数十年後の医療業界の見通しは悪く、開業資金として数千万も必要な新規開業には慎重にならざるを得ません。
一方で現在においても、良い立地で開業することができ、ドクターの腕や人柄が良ければすぐに人気クリニックになれるというのも事実です。
しかし、残念ながら現実的にはこのような開業は多くはありません。
そこで、開業のリスクを低減するために選択されるのがクリニックのM&A(Mergers and Acquisitions)です。
すでに地域のかかりつけ医としての地位があり、開業直後の集患に苦しむことはありません。
慣れているスタッフがいてくれるという点や、昔からの物件で賃料を安くで借りれていることがあるという点もクリニックのM&Aの魅力の1つです。
医療業の後継者問題
帝国データバンクの調査によると、医療業において後継者が決まっていない後継者不在率は8割~9割となっており、他の業種よりかなり高くなってしまっています。
日本は少子高齢化が進んできており、多くの医院・歯科クリニックの先生も年々高齢化しています。
年齢を重ねて気力・体力に衰えを感じ世代交代の時期を迎えている先生は、経営のバトンタッチをしなければならないものの、近年は後継者問題に直面しているクリニックが少なくありません。
その理由は、子供を医学部に入れるのが大変で、ドクターである子供がいないことがあります。
また、子供がドクターになれたとしても、勤務医を続けていたり自分で開業したりして親のクリニックを継ぎたがらないケースもあります。
こうした後継者問題を解決するために、そのクリニックの経営を引き受けたいと名乗り出た外部の第三者のドクターに対して事業を譲渡する、いわゆる事業承継型M&Aが近年増加してきています。
第一候補であった息子や娘婿などの親族への事業承継の道が閉ざされてしまい、第二候補であった勤務ドクターへの事業承継が困難な場合、今後の医院の存続や発展を考えると、企業外部の第三者のドクターへの事業の譲渡は合理的な選択であるともいえます。
特に後継者問題に直面している医院・歯科クリニックにおいて、その問題をすべて解決できる有力な選択肢として、今日ではM&Aの活用が年々進んでいます。
後継者不在のクリニックの場合、M&Aで売却することにより、ハッピーリタイアすることができるのです。
重たい医療の責任や経営の苦しみから解放されて豊かな老後生活を送る方や、医療に従事し続けることを誇りに思い勤務医として自分のペースで働く方もおられます。
中小企業の事業承継系M&Aの推移
年度 | 事業承継系M&Aの件数 |
2013 | 233 |
2014 | 235 |
2015 | 263 |
2016 | 299 |
2017 | 321 |
2018 | 546 |
2019 | 616 |
出展:2020年度版「中小企業白書」
クリニックのM&Aのデューデリジェンスの特色
クリニックのデューデリジェンスの特色としては、一般の事業会社のM&Aと比べて、患者さんや従業員から違和感なくスムーズに引継を行うことが求められるため、事業承継期間は長めになっており3年~5年かけて承継を行うケースが多くなっています。
すべての医院・歯科クリニックに当てはまりませんが、検討すべき事項を他の業種と比較して下の表に簡単にまとめました。
クリニック | 不動産業 | 製造業 | |
固定資産 | △ | 〇 | 〇 |
技術・人材 | △ | – | 〇 |
患者 | 〇 | – | 〇 |
在庫 | – | – | 〇 |
特許・ブランド | – | – | △ |
クリニック
クリニックでは、医療機器やテナント物件の内外装費用は必要ですが、減価償却が終わっているようなものも多くそれ程大きな金額にはなりません。
医療業界も人手不足のため、M&Aがきっかけで人材が流出してしまわないように十分配慮する必要があります。
クリニックは先生の腕や人柄に対する信頼で成り立っていることが多いため、患者さんや従業員から信頼を得て違和感なくスムーズに引継げるかという点がとても重要になってきます。
在庫はありますが、金額的には少ないです。
商標権などの知的財産を持っていることも少ないでしょう。
不動産業
不動産業では、不動産という大きな固定資産はしっかりと検討する必要がありますが、それ以外の有形・無形の固定資産はそれほどありません。
従業員数は少なく、M&Aが契機でテナント契約が解除されるというリスクも少ないです。
在庫ありませんし(販売用不動産は除きます)、知的財産も持っていないことが多いです。
製造業
工場の土地・建物・機械装置があるため、自社所有であっても賃貸(リース)であっても検討が必要です。
製品の製造には熟練の技術が必要なことがあり、また、製造のために多くの従業員を抱えている必要があります。M&Aがきっかけで熟練の技術や重要な人材が流出してしまわないように十分配慮する必要があります。
大口の得意先がいる場合が多く、M&Aが契機となりその顧客との契約が解除になってしまわないように、慎重にM&Aを進めなければなりません。
製品、原材料、仕掛品といった在庫を保有しています。また、適正な在庫評価を行うために原価計算を理解する必要もあります。
製造やその製品に関して特許権や商標権を持っていることがあります。また、食品製造業や化粧品製造業などではブランド名に価値があることもあります。このような特許権や商標権といった知的財産についても検討する必要があります。
このように、クリニックのデューデリジェンスでは、固定資産や在庫をいくらで評価するかというより、患者さんの引継ぎといった事業のデューデリジェンスの方が重要になってきます。
医院・歯科クリニックは立地も経営上とても重要ですので、立地についてもしっかりと検討を行う必要があります。
コラム「【医院・歯科】クリニック開業に成功する診療圏調査」
M&Aで一番と言ってもよいほど怖いリスクは、簿外債務や偶発債務です。
企業を買収した後で簿外債務が発見された場合、買主はその債務を支払う義務があるため大きな損害を被ることになります。
この簿外債務はどの業種のデューデリジェンスでも共通して検討が必要な事項であり、またその検討は公認会計などの専門家が行ってくれるため、このコラムでは深く触れていません。
簿外債務については、コラム「M&Aのデューデリジェンスにおける簿外債務(隠れ負債)の発見方法」を参照ください。
本題の医院・歯科クリニックのドクターから見たデューデリジェンスの注意点について見ていきます。
固定資産
クリニックは清潔さが大切ですが、医院の内外装が新しければ患者さんが来てくれるというものでもありません。
医療機器や改装には多額の投資が必要となるため、基本的には使えるものはそのまま使うというスタンスのケースが多いように見受けられます。
医療機器やテナント物件の内外装費用は減価償却が終わっているようなものも多く、一般的にはそれ程大きな金額にはなりません。
コラム「財務デューデリジェンスと事前依頼資料」
技術・人材
クリニックにとって従業員は必要不可欠な存在です。
優秀な看護師さんや歯科衛生士さんがいてくれるとドクターは自分の本来の仕事に専念することができ、とても助かります。
今は人材確保が大変な時代であるため、M&Aが契機となり複数の従業員が退職してしまう事態になると多くの時間とコストがかかってしまいます。
M&Aの情報が従業員に漏れてしまい精神的に動揺してしまうと退職のおそれがあります。
締結した秘密保持契約はしっかりと遵守しましょう。
コラム「秘密保持契約書とは」
患者
昔からの患者さんが離れてしまったのでは、M&Aをした意味がありません。
患者さんはしっかりと繋ぎ止めておきましょう。
経営と自身の理想の医療を両立するのは難しいものです。
勤務医時代には当直や夜中の救急による長時間労働で体力的・精神的な厳しさがあります。
そのような勤務医時代の厳しい勤務環境が嫌になり開業を考え出したドクターも少なくないと思います。
出典:日本医師会「開業動機と開業医(開設者)の実情に関するアンケート調査」
ところが、開業医になると勤務医時代とはまったく異なる苦労に直面することになります。
競合クリニックとの集患争い、従業員の急な退職と欠員募集、クレーマー患者とのトラブル、診療報酬の改定など、様々な経営の問題に直面します。
労働時間やストレスが勤務医時代よりも増えてしまうという事態も起こって しまいます。
出典:日本医師会「開業動機と開業医(開設者)の実情に関するアンケート調査」
この多忙の中で自身の理想の医療を求めようとするとするのですが、現実的には困難であることが多いようです。
自身の医療水準の満足度については、高い(やや高い,かなり高い)という回答がが24%であるのに対し、低い(やや低い,かなり低い)という回答が38.6%と大きく上回っています。
4割近い開業医が自身の医師としての腕に満足できていません。
また、自身の医療水準の維持についても、勤務医時代のほうが負担とする回答が16.5%であるのに対し、開業してからのほうが負担とする回答が49.5%と大きく上回っています。
勉強する時間がなかなか取れず、約半数の開業医が、自身の医療水準の維持が困難と感じています。
出典:日本医師会「開業動機と開業医(開設者)の実情に関するアンケート調査」
医院・歯科クリニックのM&Aが成功すると、開業直後から固定の患者さんが確保できるため、このような経営の苦労がかなり少なくなり、自身の時間を医療水準の向上に充てることもできるのです。
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公認会計士・税理士 松浦孝安